About of symposium

日本ナイル・エチオピア学会第18回学術大会

なぜ、「地域住民との研究資源の情報共有化」を問題とするのか?

 研究活動は、大学もしくは研究所を中心とした閉じた社会体制のなかで行なわれてきた。かつ、それらの成果物である研究成果や研究資源は、論文という限定した形で専門家の世界においてのみ価値を持ち流通するものでしかなかった。往々にして、科学的方法論に基づいた学術的成果を公表し、それに基づいた個人の研究を深化させればそれでよいという姿勢が垣間見えた。その際、地域住民や現地住民とは、単なる研究対象であったり、社会的還元という名で一方的に専門的知識を授ける提供先でしかなかった。現地に開かれ、かつ現地との連携を軸にした形での研究を指向すると、そこでまさに情報共有化が問題となってくる。その状況において、研究者だけでなく、現地住民との間で情報を相互に活用できる場を創出することが必要となってくるのである。
 「情報共有化」といったときにまず考えなければならないことは、情報の「言語」の問題である。情報発信する際、共有化は必ずしも同一の言語だけで実現されえるものではない。例えば、生態系の効果的な管理には地域の資源管理者が持っている伝統と経験に基づく知識の価値が高いにもかかわらず、地域をこえた意思決定プロセスに組み込まれることがほとんどなく不当に忘れ去られてきた(Millennium Ecosystem Assessment 2005)。同時に、地域住民に対して科学的データや行政文書への同等で公正なアクセスを推進していかなければならないにもかかわらず(International Council for Science 2005)、開発援助を中心とした国際機関による出版物・パンフレットなどを除いて、これまで現地語を用いて文書化・電子化されることが少なかった。こうした状況において、多言語化をいかに推進していくのかが大きな課題となる。
 そのなかで、地域住民(対象社会)にとっての「情報」(社会的価値)とは何かを考えていく姿勢に立たなければならないだろう。たとえ研究者にとって意味のある情報だとしても、必ずしもそれが現地の人が求めているような情報でない場合もあるかもしれない。また、昨今のデジタル技術の発達により、インターネットを介して、文書の電子化による情報発信が可能になってきている。しかしながら、必ずしも活字ではなく、映像コンテンツや映像作品など映像メディアをもちいた方法も可能となってきる。その一方、アフリカなどは、コンピューターで扱うデジタル化された情報を入手したり発信したりする手段を持つ人びとが依然として限られている地域であることも忘れてはならない。
 現地においてさまざまな種類の資源や情報を収集する全分野にわたるフィールドワーカー、そして研究機関、学術団体は、文書化・電子化する学術的成果の情報開示と取扱いの方法について、無頓着なままではいられなくなってきている。対象社会の人びとと情報を共有すること、また社会の共有財産として文化的知識を継承していくことへの貢献は、今や直接的な学術成果の一部であって、期待される副産物といった位置づけにはならないであろう。
 本シンポジウムでは、第一部では、中東の地域共通語(アラビア語、英語)、北東アフリカの地域共通語(アムハラ語、スワヒリ語、英語)の事例から、研究資源の情報発信(紙媒体、電子媒体)と地域住民との情報共有化に向けた課題について考える。第二部では、ヴァーチャル・ミュージアムやウェブサイトといった多様なデジタル・メディアを通じた、研究者間もしくは研究者と地域住民間の情報共有の具体的な方法(文字情報、映像情報、音声情報)に焦点をあてていく。第三部では、情報媒体を映像に限定しつつ、映像表象や映像制作の現場から地域住民との情報共有の問題点に迫っていく。

縄田浩志(総合地球環境学研究所 準教授)・岩谷洋史(総合地球環境学研究所 プロジェクト研究員)